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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9995号 判決

原告 大村商事株式会社こと 大村安男

右訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明

被告 株式会社奥村機械製作所

右代表者代表取締役 奥村知行

右訴訟代理人弁護士 馬場一廣

同 浅岡輝彦

同 足立武士

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三〇〇万円と、これに対する昭和四九年五月二四日から支払ずみまで、年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は清掃業を営む者であり、被告は焼却炉の製作・販売を業とする株式会社である。

2  原告は昭和四七年一二月一九日被告との間で、被告製作の完燃式無煙焼却炉型式CH―二〇型規格標準仕様一基(以下本件焼却炉という。)を被告から左記の約定で買い受ける旨の売買契約を締結し、その際被告に対し手附金として金二〇〇万円を交付した。

(一) 被告は、本件焼却炉設置のために必要な基礎工事、第一次電気設備工事および第一次水道工事を負担しない。被告は、図面上に第一次工事と第二次工事の範囲を明記する。

(二) 本件焼却炉の納入については、期限を昭和四八年一月二五日、場所を原告の指定する設置場所(埼玉県富士見市南畑新田字砂原一五二三番一ないし三、同所一五二四番一)とし、被告がこれを据付完了する。

(三) 被告が原告に対し、昭和四八年一月二五日までに本件焼却炉の完全な製品を納入しなかった場合は、被告は原告に対し手附金の倍額を提供して本件売買契約を解除することができる。

3  ところで、本件焼却炉の設置には焼却炉の基礎図面が基礎工事のため必要不可欠であるところ、被告は原告に対し、本件売買契約締結の際、直ちに右基礎図面を作成して原告に交付する旨約した。

しかるに、被告は原告に対し昭和四八年一月二二日に単なる平面図のみを郵送し、同月二四日に右基礎図面を持参したため、原告の基礎工事の着工が遅れ、その結果、被告は本件焼却炉の納入期限である昭和四八年一月二五日に本件焼却炉を据付完了することができなかった。

4  しかして、被告は、昭和四九年五月二四日、前記2の(三)の約定に基づき、原告に対し本件売買契約を解除する旨意思表示をしたが、未だ本件手附金の倍額である金四〇〇万円の支払をしない。

5  よって、原告は被告に対し、右金四〇〇万円のうち金三〇〇万円と、これに対する本件売買契約の解除された日である昭和四九年五月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、被告が焼却炉の製作・販売を業とする株式会社であることは認め、その余は不知。

2  同2の事実は、(二)の設置場所の点を除き、すべて認める。

設置場所は、埼玉県富士見市南畑新田字砂原一五二一番一の土地である。

3  同3の事実のうち、昭和四八年一月二五日までに本件焼却炉が原告の指定する場所に据付完了されなかったことは認め、その余は否認する。

被告が原告に対し昭和四八年一月二五日までに本件焼却炉を納入しなかったのは、次のとおり原告の依頼によるものである。すなわち、

(一) 被告は、昭和四八年一月二五日までに本件焼却炉を完成し(なお、この時点で、本件売買契約の目的物が特定した。)、いつでもこれを原告指定の場所に据付できる状態にあった。

(二) 他方、原告は、昭和四八年一月二五日までに約定の設置場所である前記一五二一番一の土地について本件焼却炉設置のために必要な行政上の許可(農地転用許可等)を取得することができなかったため、被告に対し本件焼却炉の納入時期を延期してほしい旨依頼した。

4  同4の事実は否認する。

原告は、約定期限経過後も前記行政上の許可取得に努力を重ねたが、これを取得できなかったため、結局約定の場所における本件焼却炉の設置を断念し、昭和四八年七月一一日被告に対し本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。従って、本件手附金は、いわゆる手附流れになったものである。

三  抗弁

仮に本訴債権が認められるとしても、被告は原告に対し次のとおり債務不履行に基づく損害賠償債権計金二四三万六〇〇〇円を有するので、昭和五一年六月一日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償債権をもって、原告の本訴債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

1  原告と被告との間で、本件売買契約を締結する際、本件焼却炉の納入期限を昭和四八年一月二五日とする旨の合意がなされた。

2  被告は右約定に従い、昭和四八年一月二〇日ころ本件焼却炉を完成し、同月二二日ころ到達の書面で原告に対し、本件焼却炉を納入する旨通知し、もって履行の提供を了した。

3  しかるに、原告は、本件焼却炉の設置に必要不可欠な都市計画法四三条に基づく申請および建築確認申請等の行政上の手続を怠ったため、本件焼却炉の納入期限である昭和四八年一月二五日に本件焼却炉を受領することができなかった。

4  そして、原告は被告に対し、昭和四八年七月一一日ころ本件焼却炉を他へ転売してほしい旨申し出た。

5  被告は、原告の右受領遅滞のため、昭和四八年一〇月ころ本件焼却炉を訴外札幌公清企業組合に金四〇〇万円で転売することを余儀なくされ、その結果、次のとおり計金二四三万六〇〇〇円の損害を被った。

(一) 本件売買代金(六〇〇万円)と右転売代金との差額 金二〇〇万円

(二) 塗装費                      金一四万円

本件焼却炉製作後転売までの約一〇月間、本件焼却炉を使用しなかったために出捐を余儀なくされた塗装費。

(三) 運送費                  金二九万六〇〇〇円

右転売に伴い支出した本件焼却炉の北海道までの運送費。

6  従って、原告は被告に対し、受領遅滞により被告が被った右損害計金二四三万六〇〇〇円を賠償する義務がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、1の事実は認め、その余は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告が焼却炉の製作・販売を業とする株式会社であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告は大村商事株式会社という商号で清掃業を営む者であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

二  請求原因2の事実(本件売買契約の締結および手附金の交付)については、本件焼却炉の設置場所の点を除いて当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫を総合すると、本件売買契約に基づき原告の指定した本件焼却炉の設置場所は埼玉県富士見市南畑新田字砂原一五二三番一ないし三、同所一五二四番一の土地であること、本件売買契約書甲中右設置場所に関する記載は誤記であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  ところで、本件焼却炉が約定期限の昭和四八年一月二五日までに原告の指定する場所に据付完了されなかったことは当事者間に争いがないところ、原告は、「本件焼却炉が約定期限までに設置されなかったのは、被告が原告に対し本件焼却炉設置に必要な基礎図面を本件売買契約締結後直ちに交付しなかったことによるものであり、その後被告は本件売買契約を一方的に解除したから、手附倍返しの義務がある。」旨主張するのに対し、被告は、「被告が約定期限までに本件焼却炉を納入しなかったのは原告の依頼に基づくものであり、その後原告は本件売買契約を一方的に解除したから、本件手附金は手附流れになった。」旨主張して抗争するので、この点について判断する。

前記当事者間に争いのない事実のほか、≪証拠省略≫を参酌すると、次の各事実が認められる。

1  被告は、本件焼却炉を昭和四八年一月二〇日ころまでに完成した。なお、本件焼却炉は、特殊な機械であるため、受注があった場合に初めて製作され、また、その製作に要する期間は約一か月である。

2  被告は、原告の要請に基づいて本件焼却炉設置のために必要な基礎図面を作成したうえ、同月二二日ころ、本件焼却炉の据付可能な日を被告に連絡してほしい旨の伝言を添えて右基礎図面を原告に郵送した。しかし、右郵便は宛先住所に該当会社なしという理由で被告に返却された。

そこで、被告は原告に対し、同月二七日再度右基礎図面を速達郵便で送付し右基礎図面は翌二八日原告に到達した。

3  被告が原告に対し送付した右基礎図面には主として基礎ボルトの位置が記載されているが、本件焼却炉を設置するため予め基礎コンクリートに掘られた基礎ボルトの穴の位置は容易に手直しをすることができるから、基礎工事をする際、右基礎図面は必ずしも必要ではない。そして、原・被告間で、右基礎図面送付の合意はなされなかった。

4  ところで、本件焼却炉の設置場所は市街化調整区域であるため、本件焼却炉の設置に伴う建築物の建築等については通常の建築確認申請手続のほか都市計画法所定の申請手続等が必要であるところ、右各申請手続が必要であることについては被告から原告に対し本件売買契約締結の際に説明がなされ、右各申請手続は原告が行うことになっていた。しかし、原告は本件焼却炉の納入期限である昭和四八年一月二五日までに右各申請手続をしなかった。

5  原告は、昭和四八年一月初旬ころ、本件焼却炉の設置に関連して必要な行政上の許可を取得することなく、本件焼却炉の設置場所に事務所の建築等を開始したところ、付近住民から本件焼却炉の設置について反対があり、また、同月三〇日に富士見市役所から原告に対し右工事を中止するよう指示があったため、原告は右指示を受け入れて右工事を中止した。

6  その後も、本件焼却炉の設置場所の付近住民から富士見市に対し、同年二月ころおよび同年五月ころに本件焼却炉の設置について反対する旨の書面がそれぞれ提出され、また、本件焼却炉設置に関連して必要な行政上の許可がなされる見込みもなかったため、原告は、前記各申請手続さえ行わなかった。

7  本件焼却炉納入の遅延に伴い、その製品価値の低下により損害が増大するため、被告は原告に対し本件焼却炉の受領を催促し、その際、原告に受領意思がなければ本件焼却炉を転売したい旨申し出ていたところ、同年七月一一日ころ、原告は、前記設置場所に本件焼却炉を設置することを断念し、被告の右転売の申出を了承するに至った。そこで、被告は、同年一〇月ころ本件焼却炉を札幌公清企業組合に転売した。

8  原告は、昭和四九年三月ころ新たに志木市内に焼却炉の設置場所を確保し、被告に対し焼却炉の売却方を依頼したが、売買代金額について両者の間で折り合いがつかなかったため、右売買交渉は打ち切られた。

以上の各事実が認められる。

≪証拠判断省略≫

四1  右認定の事実関係に徴すると、被告が本件焼却炉を納入期限内はもとよりその後においても納入できなかったのは、原告が本件焼却炉の設置に関連して必要な行政上の許可申請手続を怠ったのみならず、設置場所の付近住民から本件焼却炉の設置について強い反対があったこと、さらに、右許可がなされる見込みがなくなったことが主たる原因であるものというべきである。そして、右許可のなされる可能性の有無等については買主である原告側で綿密な事前調査をすべき筋合であるから、被告が本件焼却炉を原告に納入できなかったのは、原告の責に帰すべき事由によるものといわざるをえない。

2  右事情のほか、前記認定にかかる原告が被告に対し本件焼却炉の転売を了承するに至った経緯、本件焼却炉の特殊性等を総合して考察すると、原告が被告に対し本件焼却炉の転売を了承した際、原告は被告に対し黙示的に本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたものと認めるのが相当である(前記諸般の事情に照らせば、右転売了承の際、原・被告間で本件売買契約の合意解除がなされたとは認め難い。)。

もっとも、前認定のとおり、被告が本件焼却炉を転売した後、原・被告間であらためて焼却炉の売買に関する話合がなされているが、不特定物売買である本件売買において前記転売了承時に未だ売買の目的物が特定されていなかったことを認めるに足りる証拠がないから、右転売後の事情は右認定の妨げとはならない。

3  これに対し、原告は、「被告は、昭和四九年五月二四日本件売買契約を解除した。」旨主張するが、本件全証拠を精査してもこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

4  以上のとおりであるから、本件手附金は、原告の本件売買契約の解除により被告に没収されたものといわなければならない。

五  叙上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木重信 裁判官 飯田敏彦 裁判官小島浩は職務代行が終了したため、署名押印することができない。裁判長裁判官 鈴木重信)

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